身体が勝手に大阪に向かってる話。

 

おはようございます。

今日は、朝イチの新幹線で大阪に向かっております。というか気付いたら新幹線の切符買って新幹線乗って座席座って、身体が勝手に大阪へ。www

 

事の発端は、あ。大阪行きたいわ。本場のたこ焼き食べて美味しいなーしあわせだなーとおもって過ごすのって究極に幸せだなーと思ったので。( 頭弱め。)

 

あとは、とにかく家で過ごすのを辞めようと決意。まぁかと言って、大阪まで吹っ飛ぶ必要はないのですが。w

 

私、昔から新幹線大好きなんですよね。乗ってる間、めちゃワクワクするんです。たまに運よくドクターイエローに遭遇すんじゃないかとか思ったりね。そうは言っても、ほんと久しぶりの新幹線。往復、夜行バスはさすがに腰がバキバキになってしんどい。

 

そして、私、粉もの大好きマンです。たこ焼き、お好み焼き、もんじゃ、焼きそば、なんて大好物。

今年の花火大会だって、たこ焼きしか食べてない。しかも2パック。( 頭弱め。)

浴衣来た女子たちが、りんご飴やら綿菓子やらヨーヨーやら金魚やらでルンルンするなか、私はたこ焼きにマヨネーズかけてルンルン。

 

可愛い女子たちが、かき氷で赤くなった舌をあざとくべーってしてる頃、私は歯に青のりつけてニィーってしてたっけ。(色んな意味で恐怖。)

 

 

ひとまず、もしかしたら姉様に超久しぶりに会えるかもしれないという淡い期待を込めて、朝イチでlineをしてみるものの、未だ反応ナシです。妹つらいお。

 

てなわけで、たこ焼きたらふく食べて心も胃の中も満たされてきたいと思います。

 

 

あ。そうこうしてるうちに新大阪!!!

 

さて、れつごー!!!

 

 

 

人生で一番密度の濃かった国家試験時代。

 

今日は、人生の中の間違いなく3本指に入るエネルギーを注いだと断言できる看護学生時代の国家試験勉強のお話をします。

 

年代はちがえど、一度は、同じ道を通った看護師・看護学生なら絶対にほとんどの人が共感するであろう人生において二度と経験したくない時期。

それも、看護師になるために絶対に避けては通れない時間と勉強量。(勉強しなくても楽勝だったという超人は省く。)

 

実習と国試の勉強がピークに達していた4年生の時期は、私たち看護学生にとって他の大学の学生がこれでもかというくらいに眩しく見えます。

だから、大学は人生の夏休みという言葉を聞いて、大学生活=楽園だぜ。イェイ。みたいなイメージの簡単に持つ人たちに伝えたい。少なくとも実習と勉強に多大な時間を費やす私たちをあたかも平然と含むのは、めちゃめちゃ酷です、と。w

 

夏休みサイコー!と言って旅行に出かける他大学の同級生を横目に、夏休みもせっせと病院に行き、ホテル暮らしをし、缶詰生活のごとく実習、勉強、実習。の繰り返し。

 

国家試験は、たかが1日の試験だけど、私たち看護学生にとっては、今までの4年間がかかっているといっても全く過言ではなくて、その重圧から、人を助けるはずの職業を目指す学生が死の予感すら感じてしまうほどの脅迫観念にかられます。w 以下、Twitter民の叫びを拝借いたしました。

 

 

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勉強しなかったらしなかったで、周囲の猛勉強ぶりに焦りを感じ、かと言って、勉強をすればするほど、分からないことがどんどん増えてきて漠然とした不安に苛まれます。

でも、その不安さえも結局勉強することでしか払拭できないから、起きている時間すべてを勉強に費やして、精神的安定を保とうとする。w

 

その上、看護師の国家試験は、まぁ普通にやれば受かる、という世間様のイメージがある分、尚更ずっこけられないというプレッシャーが襲いかかるわけです。

 

私の場合、ごはんを食べる時間やお風呂の時間さえも勿体なくて、両方勉強と同時進行してた時があった。w

部屋にもトイレにも張り紙貼って、家のどこにいようとも頭の中は常に国家試験。寝ても覚めても国家試験。携帯アプリも国家試験過去問題集。

もはや、この頃は看護師になりたい!という思いよりも、4年間を絶対に無駄にしたくない!という執念でやってました。

 

時間の合間を練って、バイトに出ては現実逃避。この頃のバイトはもはや勉強から解放される最高の気分転換でした。w

 

国家試験直前は、色んな意味でめちゃ神経質かつ繊細になっているため、SNSで流れてくる周りの友達のエンジョイする様子は一切シャットアウト。

国試終わったら、ここ行こうね!旅行しようね!遊ぼうね!と4年間一緒に頑張った友だちと、頑張った自分たちへのご褒美を考えながら食堂や図書室で勉強。あの頃の自分たちの1日の密度って、今思えば半端じゃなかった。w

 

それでも、その頃の自分が報われるのは、国試に受かること一択しか選択肢はなくて、目指すところもその一択で、きっと落ちたら落ちたで来年頑張れば良いよって言って励まされたんだろうけど、もし落ちたら自分には何の価値もないんだと超本気で思ってました。

しかも、もう一年同じ苦労を繰り返すなんて、考えただけで究極のナーバス人間になりそうだったから、それはもう必死必死。w

 

だから何が言いたいかっていうと、いついつまでにどうなりたいとか、そのために今しなくちゃならないものがちゃんと明確にあれば、超必死なるじゃん、という話。

 

なんなら看護師になれるかなれないとか、もはや自分の今後の人生かかってるから、その分本気になるわけで。

 

 

そうやって今までも生きてきたんだから、はやく今の抜け殻状態を脱出しようよと唱えている今日この頃です。

 

人生の目標がない君へ。

 

毎日更新するはずが、最近気づいたらこの時間(真夜中)になっててあわあわしてます。

 

 

えっと。今日のブログのタイトルは、他の誰でもない今の自分へあてたメッセージです。

 

 

メンヘラか!って。メンヘラか!!って今思ったそこのあなた。

 

 

先に言っておきます。

 

 

そうです。

 

私、今、超メンヘラです。メンヘラってます!!!!

 

 

そして、最近そのメンヘラ度合いがわりと本気で加速してます。

 

何をやっても、できないと感じる。(いや、まだ何にも始まってない。)

新しい人やモノに出会いに行かなくなる。(数か月前の勢いは何処へ。)

なにかにつけて否定的かつ消極的になる。(年中無休の空の巣症候群。誰も旅立ってないけど。w)

変化することに対して諦めはじめる。(一生、このままでいるつもりかい。)

傷つくのがこわい。(大好きな幻冬舎の箕輪さん曰く、死ぬこと以外かすり傷。)

 

この兆候、私的に結構、あかーーーーん!と思ってます。正確には、この兆候に支配されて何にもしなくなった自分自身が、他の何よりも取り扱い危険物。

 

そして、メンヘラ女子に超ありがちなんじゃないかと思われるGoogle先生に聞いたところ、行きついた答えが、この兆候どうやら目標がない人の共通点だった。

 

 

あ、デスヨネ。(心の声)

 

 

今日、ハーバード大学のある教授が行った研究で、目標を持つことによる将来への力の大きさが明確に分かる話を聞きました。

目標が明確な人とそうでない人、さらに目標明確な中でも、人に言ったり紙に書いたりする人とそうでない人。その差は、将来の年収と深く関係すると。

 

目標が明確でかつそれを口の出したり紙に書いていた人たち(3%)の平均年収は、目標を持っていなかった人たち(84%)の約2倍。

 

 

びっくらぽん。

 

 

これ聞いて、目標。そんなに?えぇっと、目標、目標、目標目標目標もくひょうモクヒョーーーーーー!と、変な強迫観念にかられそうになっているわけですが。

 

 

まぁそれくらい目標を持つって自分の人生にとって大きな力だよね、と。なんなら目標が明確にあるだけで希少価値高いよね、と教えてもらいました。(感謝感激雨嵐。)

 

そんなわけで、前述したメンヘラ5か条(勝手に命名)は、新しい人やモノに積極的に触れ、何事も肯定から入り、変化を楽しみ、傷つくことや自分から積極的になることを恐れないという姿勢を持って退治していこうと思います。

かつては、できてたことだからできるはずなんだと自分に強く言い聞かせて。

 

 

そして、なにより、読書を通しての勉強。こここそ、ちゃんとしたい。

 

 

さいごに、このメンヘラ襲来期が将来の自分の糧になってますように。

 

 

おわりん。

 

 

 

8月11日は何の日?

 

こんにちはー。お盆シーズンの新幹線駅の混雑さは尋常じゃない。

 

8月11日。この度、ブログのタイトル名が変わりました。

ブログを始めた時にとりあえずと思ってつけた冴えないタイトルから、50個近いタイトル案を経て、この度決定しましたーーー!!(パチパチパチ

 

それでは、発表ーーします。

 

ごほんっ。(ゴクリ

 

 

だららららららら。

 

 

じゃー-らんっ。

 

看護師からcan-go seeへ ~やればできる世界を見てみたい~ /

 

 

ス、ス、ス、ステキやーーーー。!!!!!!!

 

控えめに言って、めちゃめちゃ気に入りましたん。

 

 

正確には、私のタイトル案をもとに、(もとに???)つけてもらったタイトルです。

 

もう一度言いますお。

 

控えめに言って、めちゃめちゃ気に入りましたん。(キャラ設定こじらせ中。

 

それでは、今日からこのブログの名前は、

看護師からcan-go seeへ ~やればできる世界を見てみたい~ 

 

大事なことなので2度言いました。

 

てか、私ドキュメンタリー大好き人間で、幼少期の「みんな生きている」(NHK教育番組)から始まり、情熱大陸、プロフェッショナルとか、好きなんです。あの、心揺さぶられる感じ。

 

で、ふと思ったんです。このタイトルで、映像作れそうじゃない???と。

 

なので、やればできる世界を見たあかつきには、このタイトルで自分の人生、映像化するわ。(自分大好きマン。

 

というわけで、引き続きブログ毎日更新気を引き締めて頑張ってまいります。!!

 

一か月間のpolcaプロジェクトが終了しました!!!

 

 

本日、8月10日午前1時polcaでのプロジェクトが無事終了しました!ありがとうございました。

 

約一か月前、西日本で大規模な豪雨災害が起きました。この災害により、多くの死者・行方不明者が出ました。そして、その直後に私は「polca」というフレンドクラウドファンディングというアプリを使用し、こんなプロジェクトを立ち上げて投稿しました。

 

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そして、気づけば一か月。あっという間に一か月経ちました。

 

 

そして、プロジェクト終了時に集まった最終支援額は、

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なんと、

 

48,600円。!!!!!

 

まずは、今回のプロジェクトに関わっていただいたすべての人に心から感謝。情報の拡散やイイネを押してくださった方々。直接連絡をくださった方々。

そして、自分の投稿を見て、これだけの金額を募っていただけたことに心から感謝です。

 

本当にありがとうございました!!!!!!

 

今回のプロジェクトを通して、私はたくさんの「当たり前」じゃないことを教えてもらいました。

 

豪雨災害によって、断水して水がないという広島の友だちからの連絡を受けて、お水があるって当たり前じゃないんだな、と。

近くのスーパーは、どこも食材がなくて困ってるという連絡があると、食べ物があるって当たり前じゃないんだな、と。

水がないから土砂交じりの水で浸水した床も片づけられないと聞くと、避難所生活と聞くと、ちゃんと寝て起きて生活できる場所があるって当たり前じゃないんだな、と。

道路が崩れていて、電車にも乗れない、タクシーも呼べない、バスも通れないことを知ると、電車があってタクシー使えてバスにも乗れるって当たり前じゃないんだな、と。

なかなか帰って来ない友達からの連絡を待ちながら、ようやく「無事だよ!」と連絡が来た時、あぁ普段何気なく取っている連絡って、当たり前じゃないんだな、と。

 

今回のプロジェクト、自分が始めたはいいけど、それに反応して支援してくださった人たちがいなかったら、プロジェクト自体成り立ってなかったな、と。

 

そんな、当たり前じゃないことの積み重ねの中で、自分はいつも誰かにサポートされて生活できているんだということを考えさせられました。

 

もし、お水や食べ物がなかったら?もし、生活する場所がなかったら?もし、移動手段が歩くいかなかったら?もし、誰とも連絡がとれなかったら?もし、誰も自分のプロジェクトに全く無反応だったら?

 

そう考えた時、自分の身の回りの人やもののおかげで今があることを感じさせられました。

 

もっと言えば、私は海外はグアムくらいしか行ったことがないのですが、日本では当たり前のことが外国では当たり前じゃないことだらけだったりします。特に貧困層の多い地域では。

 

職業柄、当たり前じゃないことへの現実や感謝の気持ちを持つことは、学生の頃からずっと教わり学び続けてきたことではあります。それでも、普通に生活できていると、つい忘れがちになってしまいます。

 

私は幸せなことに、生まれた頃から本当に恵まれた環境で育ってきたと思います。それは、お金があるとかないとかじゃなくて、父親と母親がいて、きょうだいがいて、おじいちゃんやおばあちゃんとも一緒に生活できて。

服も食べ物もあって。寝るところもあって。それこそ、小学校1年生から9年間1日も休まないような、かなりの健康で丈夫な身体に産んでくれた母には心から感謝です。

 

今回のプロジェクトを通して、そんな、たくさんの「当たり前」じゃないことの連続で過ごせている自分の現状に改めて感謝に気持ちを持つきっかけとなりました。

 

「ありがとう」という感謝の気持ちを、何かのきっかけきっかけではなく、日常として習慣の中で感じられるような人でいたいなと思います。そして、その感謝の気持ちは、感じた時にしっかりと自分から人へ伝える意識を忘れないでいたいなぁと思いました。

 

なんか、しんみり!!!笑

 

 

1か月間、ご支援・ご協力いただいた方々、本当にありがとうございました!

そして私の役目はまだまだここから。広島に間違いなく届けるために、まずはアポを取らなければ。そして、支援していただいた方への情報の可視化。がんばるンゴ。

 

 

最後まで読んでいただきありがとうございましたー!それでは、またあした!

 

 

人々のお会計の様子を観察できる穴場スポット。

 

先日、某有名チェーン店(ファミレス)に行きました。

立地的なものなのか時間的なものなのか、めちゃ広い店内に対して人が全然いないので、かなりの穴場。1人で来ても4人席に案内されるという、ゆとり加減でした。

しかも、最安のメニューは100円(税抜)からなので、お財布への優しさはピカイチ。さすがに100円で滞在はしませんが。w

 

今回は、レジ近くの席に案内されました。

レジ付近って人の出入りが激しくて、何か作業をするのには集中しにくいので、できれば避けたい場所ではあるのですが、今回この席のメリットを見つけました。

 

それは、人がお会計をする一部始終が見れるということです。

 

普通に生活していて、人がお会計をする様子を第3者として見る場面って限られていると思います。

例えば、スーパーやコンビニ、カフェなどで自分の前に並んでいる人がお会計をする場面に遭遇することはありますが、それ以外ではなかなかありません。

 

ですが、実際自分が人に奢られたり、奢ったり、割り勘をするのって、飲食店での場面が多いです。そして、そこでのマナーに未だ自信がないのも事実。

 

そんな私にとって、人のお会計の場面を実際に見ることのできるレジ横の席は、まさにうってつけの場所でした。ググっても、こうすると良いみたいなのは書いてあるけど、実際に見たほうがリアリティーがあって頭に入って来やすい。w

 

以前、はあちゅうさんの「かわいくおごられて気持ちよくおごる方法」という書籍を読んだことがありますが、めちゃめちゃ共感できるし普通に面白いです。そして、教養が身につく。w

 

正直、割り勘が当たり前の関係性なら全然悩んだりしないのですが、どうして良いのか微妙な感じの場面だったり関係性って割と珍しくありません。

私的には、こっちがお財布を出してから「大丈夫」って言われるよりも、お会計に向かう前の段階で自ら言ってもらえた方が、奢ってもらうにしても正直変な気負いをしなくて済むので嬉しいと思う人間です。

ただ、「おごる・おごられる」論争は、本当に人によって意見がバラバラすぎるので、未だ謎が多い。

 

今回、私がレジ付近の席から、会計の様子を観察していて印象に残ったのは、異性2人組(彼氏彼女か付き合う前)のお会計の場面です。

 

お会計表を持った男性が女性とともにレジに向かう。→彼女、一瞬レジ横の棚に置いてある売り物に触れる。→彼、レジの店員さんにお会計表を渡す。→彼女、彼の斜め後ろで一瞬、かばんから財布の角っこをひょっこりはん。→彼、その様子に全く気づいていない。→店員さん、「〇〇円になります。」→彼、お金支払う。彼女、財布をかばんへ押し込む。→彼女、心なしか足踏み。→会計後、彼女「ごちそうさま。」と、若干気まずさがありそうななさそうな表情を含めて微笑む。→彼、「ぜんぜん。」→退店。

 

この時の彼女の気持ち、なんか分かるわーー!!と思いながら、観察してました。w

 

先ほどの「おごる・おごられる」論争にかぶりますが、男女の間で、割り勘するかしないかや、財布を出してお会計をしようとしている仕草だけでも見せてくれないと幻滅するという男性意見など、お会計事情を耳にします。

かばんから財布を出すにしても、逆にあざといと思われそうで素直に出すことを躊躇しそうになったりする女子も一定数いるとかいないとか。

 

レジ付近の席にいると、今回のような男女のお会計模様を見ることができるので、とても面白い。なので、世の中の人たちがお会計の時にどんな感じなのかというのを目の当たりにできるこの席は、まさにべスポジだなぁと思いました。

 

 

そんな、新たな発見をした今日この頃です。それにしても、人がいないファミレスって居心地良すぎます。最高。(笑)

 

 

 

最後まで読んでいただきありがとうございましたー!それでは、またあした!

看護師がニート生活を経て気づいためちゃ大事なこと。全ての物事が自己責任。

 

看護師がニート生活を経て気づいためちゃ大事なこと。第5弾。第5弾は、「全ての物事が自己責任」です。

 

私は、もともと継続するのがめちゃめちゃ苦手な人間です。あとは、届きそうでなかなか届きそうにない人の背中を追っかけるのが大好きです。w

 

私はこのブログを始めた頃、正直、誰かひとり監視役(←言い方)がいたら、わりと何でも継続できると思ってました。

しかも、その監視役は、利害関係のない第3者のどうでもいい関係の人ではなくて、自分にとって信頼を示したい相手だったり嫌われたくない相手だったり、この先も関係性を続けたい相手だったら尚更効果的だと思ってました。

 

ですが、実際のところ、そう簡単にはいかないことを痛感してます。

大枠で捉えて「●ヶ月ブログを継続更新」というのはできていても、先日、1か月連続更新を達成した翌日のように、ふいにぽつりと1日抜けてしまいます。

 

何なら、ブログ続けるどころか、挙句の果てにはニートに着地という失敗例。w

 

ニートに行き着いた理由は、大前提に自分の心とか意識の問題であるのは理解していて、その上で、これらのことがニートへの道を加速させたんじゃないかなぁと。

⬇︎

✔すごい人たちにばかり会いすぎた。

✔定期的に会って高め合う・刺激をもらえる仲間がいない。

✔ひとりぼっち。

 

 

✔すごい人たちにばかり会いすぎた。

ニート生活に陥る前に私がやっていたこと、それは色んな人に会いに行くことでした。

 

人の集まるコミュティに行って、すごいなぁと思う人を見つけて、またその人の周りの人に会って。そういう人たちに会いに行けば、何かが変わる気がして。

今思えば、自分に期待する前に他人に期待してる自分がいたなぁと気づきました。

 

あとは、今の自分がすごいなぁと思っている人に会いにいくと、その人の「今」しか目にしないので、当たり前なんですけど、刺激は受けても、自信にはなりません。

 

それどころか、下手すると自己肯定感だだ下がりwみたいなことになり兼ねません。

いや、当たり前なんです、当たり前。自分にはない何かを持っていたりするから、刺激的だったり、すごいなぁと思うわけですから。

でも、私の場合、これが悪い方向に働き、自信喪失をくらう。w

 

 

✔定期的に会って高め合う・刺激をもらえる仲間がいない。

これに関しては、ある一定のコミュニティに所属するなり、数人で仲間を結成するなりしないと、難しいな、と思いました。

 

私が入ったオンラインサロンのコミュニティは、価値観が似た人が沢山集まっているので、意識は高まるし、火付け役的な効果もあるけど、具体的に何か一方向に向かって皆で進んでいくスタンスではないので、ここで得られるのは似た価値観を持った人たちとの出会いがメイン。

 

もちろん自分のこれからの人生でめちゃめちゃ貴重な財産になるような人たちばかりいるので、本当に魅力的です。

一方で、そこで培った価値観をもって、さぁ具体的にどう動こう、となった時、オンラインサロンの中ですべてを完結させることは、そこに選択肢がなければ無理な話で。その枠の外に見つけにいくしかないなぁと。

 

あとは、オンラインサロンの大前提はあくまでもオンラインでの繋がり。オフラインでの集まりがあっても、定期的に同じ人と毎回会うわけではないので、極端なことを言えば、一期一会的な部分があると思います。

 

そうなってくると、せっかく価値観が似ていて、年齢層もわりと近い人たちが多いのに、継続的な関係を続けていくことを考えると難しいのです。

 

 

✔ひとりぼっち。

読んで字のごとく。(たった今まで、書いて字のごとくだと勘違いしていた。)

 

仕事を辞め、前に書いた2つの段階を経て、定期的かつ継続的に関係性を保てる「仲間」と呼べる人がいないことに気づきます。

要するに、ひとりぼっち。www

自信喪失し、仲間もおらず、宙ぶらりん。数か月前の自分がいちばんなりたくない姿であり、着地したくなかったであろう着地点。w

 

横並びの人間だけではなく、後から追ってくる人間もおらず、向う先もなければ、それはそれは自分にあまーーくなる日々。

どんなに怠けても、成績表なんてないし再試験ももちろんないし、先生に注意もされないし。

 

かつて、高校生の頃、出席番号が前後で、同じ男子を好きになり、同じ先輩の虜になり、負けず嫌いで、努力家で、ほんっとによく似た友達がいました。

その子のおかげで、いつもテストではクラストップの座をかけて競い合いw馬鹿みたいに勉強に必死になった時期がありました。

 

それに加えて、高校の時の唯一の親友が、これまためちゃめちゃ頭良くて、入学当時から3年間ずっと特進クラスにいたのですが。なんとかその子と同じクラスになりたい!という陰ながらの野心もあり、勉強に奮闘した時期がありました。

 

(結果から言うと、特進クラスに入ることはなく。むろ、一度でも入れると思っただけすみませんでしたって感じ。w)

 

勉強自体を楽しいと思ったことはなかったけど、目標があって競い合う相手がいたその頃の私はかなり充実してたと思います。その頃に比べたら、今の自分はセミの抜け殻レベル。

 

ただ、自信喪失したおかげで、定期的に関わる仲間がいなくなったおかげで、ひとりぼっちになったおかげで、ようやく誰からの指示も受けずに、自分の力で考えることをするようになりました。

 

自分が考えたり、選択したり、行動したことが全部結果として表れたのが今です。ぜーーんぶ、自己責任。自分に指示した先輩もいなければ、もちろん会社もない。

 

そんな大事なことに気づけた今日この頃です。

横並びで切磋琢磨し合える仲間探そうううう。

 

 

 

最後まで読んでいただきありがとうございましたー!それでは、またあした!